2019年08月01日

二十二  強いられた十字架ークレネ人シモンのように

これから いよいよ始まって来る日本のリバイバルの中で、主はご自身の願いや望み、計画とは全く違う十字架を強いられたとしても、その中に主の御手を認め、喜んでついていく真のしもべたちを起こしていかれるのです。 私たちも、たとえ弱く不十分であっても、主が強いられた十字架を
逃げずに、しっかりと受け取ってついていくならば、主はこの終わりの時に、喜んで豊かに用いてくださるのです。
posted by 主のしもべたち at 07:00| Comment(0) | パソコン教室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする