2019年12月31日

死こそ祝福への道、最善最高の道


2019年12月31日火曜日
<>死こそ祝福への道、最善最高の道

兄弟たち。私にとって、毎日が死の連続です。
これは、私たちの主キリスト・イエスにあって
あなたがたを誇る私の誇りにかけて、
誓って言えることです。

       コリント人への手紙 第一 15章31節



この聖書の言葉、みことばは、かつて長崎エルサレム教会にいた方が
携帯とパソコンの待ち受け画面に書いていたみことばです。
彼はそのあと、東京に遣わされ、いま東京アンテオケ教会で牧師の一人として
とても祝福されて用いられています。
彼にとって長崎にいる時は、毎日が死の連続だったのでしょう・・・???
というと、長崎にいたときはとても大変だったと思われるかもしれません。
確かに楽な毎日ではなかったことでしょう。

でもパウロは、このみ言葉の後にこう続けています。
「これは、私たちの主キリスト・イエスにあってあなたがたを誇る私の誇りにかけて、
誓って言えることです。」と。
言い換えればパウロはあなた方、つまりコリントの人たちを本当に愛しており、
毎日、その愛のゆえに死を選び続けたことは自分の誇りだと言っているのです。
自分に死ぬとは、つまり、自分のやりたいことをするのではなく、
主イエスが導かれること言われることに従いそれをする、
自分のやり方や考え方を捨てて、主キリストが導かれる方法でするということです。

でもそれは自分にとっても相手にとつても一番いいのです。
ただそのとき、
確かに私たちは自分のプライドや自分中心の生き方に死ななければいけません。
主イエス・キリストが一番となり、中心となるからです。
でもそれこそが最高の生き方、
最善の道であることはのちになれば明らかになります。
そして決して後悔しないことでしょう。
それどころか、最高の宝物になります。

彼にとって長崎で死を毎日通ったことは、彼の人生の宝物になったことでしょう。
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2019年12月30日

主イエスの十字架の恵みによって生きる

2019年12月30日月曜日

主イエスの十字架の恵みによって生きる


そこで、わが子よ。

キリスト・イエスにある恵みによって

強くなりなさい。


        テモテへの手紙 第二 21




パウロは弟子でもあり同労者であったテモテに
「我が子よ」と呼びかけ
「恵みによって強くなりなさい」
と語りかけます。

主の働きをする時、いろんな戦いがあります。
その中で弱さを覚え力のなさや足りなさを感じることは、しばしばあります。

パウロはテモテに、自分で頑張るのではなく、何とかしようとするのではなく、
主イエス・キリストの十字架を見上げ、その恵みによって強くなるようにと言いました。

恵みというのは受けるに値しない者が受けることを言います。
100円しかないのに、一万円のものを、あるいは100万円するものを買えるとしたら、
それはとても大きな恵みです。

神様は私たちにイエス・キリストというお方を与えてくださったのです。
その計り知れない恵みにより頼みなさいと言っているのです。

私たちは自分の力で頑張る時、限界があります。
イエス・キリストの十字架を見上げ、この十字架の恵みの中で、神ご自身により頼む時、
うちに住まわれる聖霊様が私たちのうちに力を与え、
私たちを通して愛を流してくださるのです。

自分に限界を感じるなら、それは正しく当然なのです。
しかし、あきらめてはいけません。

主イエス・キリストが私たちにはいつも共にいてくださるのです。
このお方、十字架にかかるほどにまで私たちわ愛してくださった方により頼み、
この方の恵みによって強くされ歩んでいきましょう。
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2019年12月29日

あなたと私を生かす主イエスの愛





彼は、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、

                         満足する。

                                     


                                        イザヤ書5311



イエス・キリストは、自分のいのちの激しい苦しみのあとを見て、満足します。

それによって多くの人が赦され、義とされ、救われて神の子とされるからです。
イエス・キリストの十字架によって、どうしようもない罪人である私たち人間が、
まったく一度も罪を犯していない神の子として、
父なる神から祝福を豊かに溢れるほどに受けれるようになるのです。

それを主イエスは喜ばれ、満足されるのです。
イエス・キリストも私たち一人ひとりを本当に愛しておられるのです。

だから十字架で私たちの咎をになわれました。

あなたと私を生かし、あなたと私が主の祝福の中で、輝く人生を歩めるために。
posted by 主のしもべたち at 15:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする