2014年02月22日

奉仕をするということ

こんにちは!

いゃ〜…奉仕というものは不思議です。

とても神様に祝福される時もあれば、重荷になり時もあります。

奉仕があるゆえに、他のことで悩まなくていいことも悩んだりしてしまいます。

というのは、今、僕はサッカー部に入りたいんですが、土・日曜は奉仕やドラムがあるため、どうするか行き詰まっているんです。自分の中では考えは固まっているんですが。

奉仕とは十字架を負うことでしょうか。

しかし神様は、わたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、わたしについて来なさい。と言われました。

しかし、一時は、自分のしたいことに熱中してはいけないのでしょうか。

神様は考えの狭い方ではありませんから、いや、むしろ、神様より深く、広く、高い考えを持つ者はいません。

なので、僕の思いもわかってくれるはずです。

ずっと、ずっと、小さい時から奉仕をしていると、奉仕を軽んじたり、また、あれはダメこれはダメと言っていると頭がおかしくなります。

神様は、絶対にそんなことをさせようなどとは思っていません。絶対に。むしろ、解放、喜びを僕たちに与えてくれようとしています。

だから、こうもあります。

「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」

はっきり言って、まだ若い僕ですから他の人にとっては、何生意気な!なんて思って当たり前です。

でも、今はサッカーを思いっきりしたい。

だから、今の考えを全部神様に委ねるべきですね。

まあ、40年後生きてたら、ああー、あの時はあんな軽荷で悩んでたな。なんてなるかも。

ああー、頭ではわかっているんですが。これにしてもあれにしても…

なんて自分の思索(←しさく)が悪循環にならんことですよ。

そのためには、感謝!

そして、喜ぶこと!

もちろん、がむしゃらに喜ぶのではなく、現実を見て、色々僕のバカなのを思い出して、…喜ぶ!!!

はっはっはっはーーー!

もちろん、悔い改めないと。

以上、経験の浅いヒヨッコからでした。

はっはっはっはー!

息子のIsaiah
posted by 主のしもべたち at 18:38| Comment(0) | 日記 ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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