2017年02月26日

R君が、妻と友達を連れて、久しぶりに教会に訪れました。 Re: 19日の日記

午後の礼拝、

突然扉が開いて入ってきたのはR君、台湾人の奥さんと福岡在住の友人を連れて教会に来ました。

講談でメッセージ前の賛美をしている私のところに来て、いきなりハグです。

私も感動してハグしました。


最近、彼の国のために祈っていたので、驚きました。

今、彼は日本ではなく、母国に帰り、Aという街で両親と奥様と生活しているようです。

その街はかつて私が・・・・

思い出深い特別な街です。


再び主の扉が開き、何かが始まり始めたようです。


神様の働きにワクワクします・・
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2016年11月15日

高校・大学入試

高校入試のとき、父は何も言いいませんでした。
私は模擬試験を受け、
自分で高校を探し、
私立も公立も自分で受験校を決めました。

決して口を出さない父ではでしたが、
お金は何も言わずに出してくれました。

今から思えば、
間違いだらけの高校探しだった
と思います。

偏差値だけで、
どこを受けるか決めるような感じだった
ように思います。
もっと、
高校のカラーやその後の大学受験も考えて
選べばよかったと、今になって思います。

父は、お金を出し、
母と共に祈ってくれていたと思います。
私立を受ける前、よく勉強をしました。
公立はランクを一つ下げたので、
もう勉強しなくなりました。

それでも合格できました。

でも、その結果、
高校では勉強をほとんどしなかったように思います。
高校三年間は、私の人生のブラックホールでした。

父が「私立に行かせておけば良かった」
と言ったことがあります。
二浪したことを考えると、
私立に行ったほうが良かったかもしれません。
ただ、後悔はしていません。
浪人して東京に行きたいと言った時も、
黙ってお金だけ出して行かせてくれました。
二浪の時も、
合格したある地方の公立大学がありましたが、
父は、その合格証書を見せると喜んでくれて、
お金を出して、黙って二浪させてくれました。

大学も全部自分で探し受けました。
現役の時も、一浪の時も、二浪した時も・・
今から思えば、たくさん受けすぎたと思います。
本当にお金のかかる子どもでした。

父は口を出さず、お金だけ出してくれて、
私は、自分でいつも決めて生きてきました。

自分が父親になって、父に本当に感謝しています。
自分も子どもたちに、
父のようにしてしてあげたいと思っても、
全く父のようにしてあげれませんでした。

MAKOTO
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2016年11月01日

父の思い出〜幼い頃

幼い頃、父は怖かった。
とても愛情は豊かな人でした。

でも、一旦怒り、「まこと」と父が叫ぶと、
私の体はこわばり身動きできなくなり、涙が出てきた。

父は短期で感情的な人でした。

怒ると本当に怖かったです。

前夜式の時、私より7学年、6歳上の一番上の姉が、
「孫たちにとっては、
 おじいちゃんは優しいかったかもしれないが、
 私には、やはり怖くて厳しかった。」
と言ったのが、印象的でした。
姉は十字架を背負ったのだと思います。

父は、歳を取り、
とても優しく、柔らかい人に変わっていきました。

私の妻は
「結婚して良かったのは、舅と姑さんが良かったこと」
と真顔で言いいます。
妻の本音だと思います。
確かに父は変わりました。

いろんなことがありましたが、
64年間?、教会から、キリストから離れなかった父。

母といろいろとぶつかり喧嘩もしながら、
それでも62年間、向き合い続けた父、

だから神様の愛の中で、
父は変えられて行ったのでしょう。
イエスさまの恵みは尽きず、
聖霊さまの助けを受けて、
父は長い年月をかけて、
キリストに近づいていつたのだと思います。
posted by 主のしもべたち at 20:01| Comment(0) | 日記 ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする