2019年01月23日

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

津和野での拷問
 今度は神主の佐伯という人が説得にかかりましたが、信者は全く感心しません。そこでしかたなく、拷問を加えることに方針を変えました。畳をはぎ取り食事には一日米3合、塩一つまみと水、むしろとちり紙1枚をあてがいました。着物は捕らわれた日に着ていた物があるだけでした。
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四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

津和野での拷問
 この旅の中で、特に迫害が厳しかった津和野の事を、少しだけ書いておきます。仙右衛門や勘三郎は、津和野に流されました。初めは毎日お寺のお坊さんが来て説教をし、転宗を迫りました。こうして半年が過ぎました。
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2019年01月22日

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

「旅」
この旅では、家族ばらばらにされる者が多く、親に別れ、夫に別れて見知らぬところに連れて行かれて、ひどい難儀をしたようです。彼らは信仰を守り通すため、全国21藩に流配され、6年有余の長い間,飢え渇きながら数々の拷問の苦しみに耐え、ついに1873年(明治6年)、キリシタン禁制の高札が撤去され、荒れ果てた浦上に帰ってくるのです。
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