2020年01月04日

四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自由

信仰の自由
各地に流された浦上のキリシタンたちは、津和野と同じように激しい迫害の中で、主にすがり、聖霊さまの助けを受けながら耐え忍んでいました。彼らの頭には、キリストを信じる信仰を、命をかけて守ろうという思いしかなかったことでしょう。しかし、そのことは彼らの知らないところで「信仰の自由」という世界的な問題となっていたのです。
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2019年08月01日

二十二  強いられた十字架ークレネ人シモンのように

これから いよいよ始まって来る日本のリバイバルの中で、主はご自身の願いや望み、計画とは全く違う十字架を強いられたとしても、その中に主の御手を認め、喜んでついていく真のしもべたちを起こしていかれるのです。 私たちも、たとえ弱く不十分であっても、主が強いられた十字架を
逃げずに、しっかりと受け取ってついていくならば、主はこの終わりの時に、喜んで豊かに用いてくださるのです。
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2019年07月31日

二十二  強いられた十字架ークレネ人シモンのように

クレネ人シモンのように
フェリペは、主に愛されていました。クレネ人シモンも、主に愛されていました。主は、彼らの弱さも強さも、すべてを知っておられ、それぞれに最善の方法で現れ、導かれたのです。彼らにとって、強いられた十字架こそ、救いの完成への恵みの道だったのです。フェリペは、今も天で、私たちのこの国、日本のためにとりなしていることでしょう。主は、彼の祈りに答えてくださいます。
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