2019年04月05日

ロバの子に乗ってエルサレム入城

『主がお入用なのです。』
ルカの福音書19章31・34節

イエス・キリストが地上に来られた目的は、
私たち人間の罪の身代わりになって
十字架にかかり、呪いを引き受け罰と裁きを受けることでした。
その十字架にかかる最後の週にエルサレムに入城されます。
人々は「ホザナ、ホザナ」と言って歓喜でイエスを迎えます。
そのときイエスが乗られたのが、ロバの子でした。
そのロバの子は、イエスがふたりの弟子を使いに出して
「向こうの村に行きなさい。
 そこにはいると、まだだれも乗ったことのない、
 ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。
 それをほどいて連れて来なさい。
 もし『なぜ、ほどくのか』と尋ねる人があったら、
 こう言いなさい。『主がお入用なのです』」
と言って遣わし、
使いに出されたふたりが行って見ると、イエスが話されたとおりで、
彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が
「なぜ、このろばの子をほどくのか」
と彼らに言ったので、弟子たちが「主がお入用なのです。」
と言って連れてきたロバの子でした。

主イエスは、地上の生涯の最後のエルサレム入城の時、
馬ではなくロバの子を選ばれました。
しかも、どのロバの子でもよかったのではなく、
向こうの村のまだ誰も乗ったことのないそのろばの子でした。

主イエスは、あなたにも言われます。
「あなたが必要なのだ」と。
隣の人でも横の人でもなく、そこにいる、そのあなたが必要なのです。
「主がお入り用なのです。」
主の招きに答えて行きましょう。

この終わりの時代に、
主がお乗りになって主の使命の道を歩ませてくださいます。
posted by 主のしもべたち at 16:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イエスに出会うと全く新しくされる


「きょう、救いがこの家に来ました。

 この人もアブラハムの子なのですから。

 人の子は、

 失われた人を捜して救うために来たのです。」

  

          ルカの福音書199-10


取税人であったザアカイのところに、イエスは泊まりに来られました。
人々は、そのことをよく言わず
「あの方は罪人のところに行って客となられた」
と言ってつぶやきました。
ところが、ザアカイは立ちあがり、主イエスに向かって言いました。
「主よ。ご覧ください。
 私の財産の半分を貧しい人たちに施します。
 また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します」
イエスは、彼に言われました。
「きょう、救いがこの家に来ました。
 この人もアブラハムの子なのですから。
 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」

ザアカイは、
今まで人生をかけてためてきた財産を失ってもいいと思いました。
イエスに出会って、彼は変えられたのです。
初めて本当の愛に出会ったのです。
自分をうわべだけで見ない、本物の愛に出会って、彼は変えられました。

あなたも
このイエス・キリストに出会うとき、本当の愛を知ります。

そのとき、あなたも全く新しくされるのです。
posted by 主のしもべたち at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あなたのところに泊まってくださるイエス・キリスト



「ザアカイ。

 急いで降りて来なさい。

 きょうは、あなたの家に

 泊まることにしてあるから。」

            

      ルカの福音書195


エリコにザアカイという人がいました。
彼は取税人のかしらで、金持ちでした。
当時、取税人はユダヤ人から軽蔑されていました。
それは、ユダヤ人であるにも関わらず同胞の民から税金を取り、
ローマに納める仕事だったからです。
しかも多くの者たちは、税金を多めに取り、
自分たちの懐に、つまりピンハネをしていたのです。
ですから嫌われていました。
そのエリコにイエスが来られたのです。
人々に慕われ、今、人気絶頂のイエスが来られて通られるのです。
ザアカイは、イエスがどんな方か見ようとしましたが、
背が低かったので、群衆のために見ることができませんでした。
それにザアカイとわかると
誰も彼が見えるように助けてくれる人などいませんでした。
それで、彼はイエスを見るために、前方に走り出て、
いちじく桑の木に登りました。
そのとき、ちょうどイエスが
そこを通り過ぎようとしておられました。
イエスは、ちょうどそこに来られて、
上を見上げて彼に言われました。
「ザアカイ。急いで降りて来なさい。
 きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
ザアカイは、急いで降りて来て、
そして大喜びでイエスを迎えました。
ところが、人々は、これを見て
「あの方は罪人のところに行って客となられた」
と言ってつぶやきました。

イエス・キリストは、うわべで人を見られません。
背が低く取税人をして、
みんなから嫌われて孤独だった
ザアカイの心を見ておられました。
あなたの家に泊まると言われたとき、
本当に嬉しかったと思います。

あなたがもし今、孤独を感じていたり、
人々から嫌われたり
仲間はずれにされていても、
イエスは、
そのあなたのところに来てくださいます。
彼は、うわべを見て判断なさらないからです。

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2019年02月18日

アガペーで愛し癒されるイエス・キリスト


イエスは手を伸ばして、彼にさわり、

「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。

すると、すぐに、そのらい病が消えた。

                                  ルカの福音書513


イエスが、ある町におられたときのことです。
全身らい病の人が、イエスを見ると
「主よ。お心一つで、私はきよくしていただけます」
とひれ伏してお願いしました。

イエスは手を伸ばして、彼にさわり
「わたしの心だ。きよくなれ」と言われました。

すると、すぐに、そのらい病が消えました。

らい病は当時、汚れた病気であり、
ライ病人にふれると、
その人も汚れると言われていました。

イエスは、
らい病の人に手を伸ばして彼にさわり、
それから
「わたしの心だ。きよくなれ」
と命じられたのです。
さわらなくても命じれば、
らい病の人は癒されるのに、
まずさわられました。
それはらい病の人にとっては驚きでした。

らい病のままのあなたを愛している。
わたしは喜んで、あなたのらい病をいやそう。
でも、らい病のあなたのままで愛している。
その上で、あなたの人生を苦しめてきた、
このらい病をきよめ、いやそうと言われたのです。

もしかしたら、
あなたは、
これさえなければ、
これがあるから、
自分はダメなんだと
思っているものがあるかもしれません。
でもイエス・キリストは、
それがあってもなくても、
そのままのあなたを、
そのままで、
愛してくださるのです。
そして、その上で、
あなたの人生をいため苦しめてきた、
それを取り除き、
あるいは与えてくださるのです。

それがアガペーです。
posted by 主のしもべたち at 08:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一人になって祈られるイエス


しかし、イエスご自身は、

よく荒野に退いて祈っておられた。

ルカの福音書516


イエス・キリストが
人々をいやし、奇跡を行なっていることのうわさは、
どんどん広がり、ますます広まって行きました。
それで多くの人の群れが、話を聞きに、
また、病気を直してもらいに集まって来ました。

しかし、イエスご自身は、
よく荒野に退いて祈っておられたのです。

イエスは人々の願いと求めには
どんなに忙しく疲れていても答えられました。
しかし、どんなに忙しくても
必ず荒野に退いて静まって
父なる神と交わり祈る時は保たれていました。

それがイエスがアガペーの愛に生き、
奇跡を行われ続けた秘訣でした。

私たちも、どんなに忙しくても
イエス・キリストの名よって
父なる神様のところに行き
聖霊様と深く交わり祈る時を
失わないようにしましょう。

そこに、主イエスと共に愛に生き
奇跡と癒しを見続ける鍵があるのです。

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posted by 主のしもべたち at 08:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イエスが言われるところで、神の約束は成就する


「エルサレムを離れないで、

 わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。

 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、

 あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」

             使徒の働き14-5



復活されたイエス・キリストは、
四十日の間、弟子たちに現われて、
神の国のことを語り、
数多くの確かな証拠をもって、
ご自分が生きていることを
使徒たちに示されました。

そして彼らといっしょに
食事をともにしているとき、
イエスは彼らにこう命じられました。
「エルサレムを離れないで、
 わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、
 もう間もなく、
 あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです」と。

エルサレムは神に選ばれた街、
神に愛された特別な町です。
しかしこの時の弟子たちは、
エルサレムにはいたくありませんでした。
それはイエスを捕えて殺した人たちがいたからです。
もし自分たちがイエスの弟子だとわかれば、
自分たちも捕まり殺されるかもしれません。
弟子たちは恐れていました。
早く故郷である田舎のガリラヤに
逃げて行きたかったと思います。

しかし、イエスは言われたのです。
「エルサレムを離れないでいなさい」と。
その時
「父が約束された聖霊のバプテスマ」を受けると。
それが何なのか、
弟子たちは分かっていませんでした。

でもイエスのことばを握り信じて
彼らはエルサレムを離れず
祈り待ち望みました。
その時「聖霊のバプテスマ」を受け、
彼らは全く新しくされ、
変えられるのです。

あなたも、
主イエスが言われるところに、
ある時はとどまり、
ある時は遣わされて行くとき、
神の約束は成就し
愛と奇跡のみわざを見ることができるのです。
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posted by 主のしもべたち at 08:29| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一人になって祈られるイエス

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しかし、イエスご自身は、

よく荒野に退いて祈っておられた。

ルカの福音書516


イエス・キリストが
人々をいやし、奇跡を行なっていることのうわさは、
どんどん広がり、ますます広まって行きました。
それで多くの人の群れが、話を聞きに、
また、病気を直してもらいに集まって来ました。

しかし、イエスご自身は、
よく荒野に退いて祈っておられたのです。

イエスは人々の願いと求めには
どんなに忙しく疲れていても答えられました。
しかし、どんなに忙しくても
必ず荒野に退いて静まって
父なる神と交わり祈る時は保たれていました。

それがイエスがアガペーの愛に生き、
奇跡を行われ続けた秘訣でした。

私たちも、どんなに忙しくても
イエス・キリストの名よって
父なる神様のところに行き
聖霊様と深く交わり祈る時を
失わないようにしましょう。

そこに、主イエスと共に愛に生き
奇跡と癒しを見続ける鍵があるのです。

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