2018年12月25日

フランシスコ・ザビエルとイグナチオ・で・ロヨラ

永遠のいのちー真に価値あるもの


人は、たとい全世界を得ても、

いのちを損じたら、何の得がありましょう。

        マルコの福音書836



かつて日本に福音を伝えに来たフランシスコ・ザビエルは、
パリ大学の若き青年教授でした。
そこに年配のイグナチオ・デ・ロヨラが、生徒としてやってきました。
講義の後に、ザビエルのところに来て質問しました。
「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、どうなるのでしょう」
ザビエルは「来週まで待ってください」と言いました。
翌週、またロヨラは来て聞きました。
「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、どうなるのでしょう」
ザビエルは、また言いました。
「来週まで待ってください。」
そんなことが続いた後、ザビエルは言います。
「あなたは、その答えを知っているのでしょう」
ロヨラは答えます。
「何の得にもならない」と。

そして、それからロヨラが教師となり、
ザビエルに永遠の命を、キリストの福音を宣べ伝え、教えます。
ザビエルはパリ大学の教授を辞め、宣教師となって日本に来たのです。

あなたが、たとえ全世界を得たとしても、
命を損じたら、何の得にもなりません。

私たちは永遠の存在で、
本当の故郷は天国、天のエルサレムなのです。

そこが私たちの報われる場所です。

そこに永遠の宝を積む、真に価値ある人生を生きましょう。

それは、イエス・キリストを信じることから始まります。

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キリストが唯一の主

2018年12月24日月曜日

主イエス・キリストに聞く


「これは、わたしの愛する子である。

        彼の言うことを聞きなさい。」

                           マルコの福音書97



イエス・キリストが本来の栄光の姿を現され、
その御衣が非常に白く光られた場所があります。
その場所は「変貌山」と言われています。

その時、弟子のペテロたちの前に、
エリヤがモーセとともに現れ、イエスと話し合っていました。

ペテロたちが恐怖に打たれていると雲がわき起こり、
その人々をおおって、雲の中から
「これは、わたしの愛する子である。
 彼の言うことを聞きなさい」という声がしました。

そのとき、そこにいたのはイエス・キリストだけでした。
モーセという最高の指導者でもなく、
エリヤという最大の預言者でもなく、
主イエス・キリストに聞きなさいと言われたのです。

もちろん、主は、指導者や預言者を通して語ってくださいます。
しかし、どんなに素晴らしい指導者や預言者であっても、
そこに頼るのではなく、
私たちは、主イエス・キリストご自身に聞くことが、とても大切です。

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2018年12月16日

キリストに触れると、身も心も人生も、癒される

12月16日日曜日
さわった人々はみな、いやされた。
マルコの福音書6章56節
弟子たちはイエスと共に湖を渡って、
ゲネサレの地に着き、
舟をつなぎ舟から上がりました。

すると、
人々はすぐにイエスだと気がついて、
そのあたりをくまなく走り回り、
イエスがおられると聞いた場所へ、
病人を床に載せて運んで来たのです。

イエスが、はいって行かれると、
村でも町でも部落でも、
人々は病人たちを広場に寝かせ、
そして、せめて、
イエスの着物の端にでも
さわらせてくださるようにと願ってやってきました。

なんと、さわった人々はみな、いやされたのです。

人々は知っていました。
イエス・キリストに触れることが出来れば癒される。
直るんだと。
今も、それは同じです。
イエス・キリストは、
昨日も今日も、とこしえまでも
変わることなく、同じだからです。

あなたもイエスのところに来て、
癒しを受け、
あなたの愛する人、大切な人を連れてきましょう。
きっとその人も、イエス・キリストに触れるとき、
完全に癒されるでしょう。
身も心も人生も。
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2018年12月10日

安息日は人間のために


人の子は安息日にも主です。
マルコの福音書228

ユダヤ人の律法の中の律法である十戒の中に、「安息日を守れ」というのがあります。

一週間のうち1日は、神である主が休まれたので、私たちも休むのです。

とても良い素晴らしい教えです。

しかし、人間のために神様が与えてくださった戒めが、
いつの間にか、戒めを守ることが中心になり、その戒めの目的が見失われていました。

安息日を守るために人間が創られたのでも、いるのでもありません。

人間のために安息日が設けられたのです。

安息日の正しい過ごし方の模範を、人の子であるイエス・キリストは、示されました。

posted by 主のしもべたち at 19:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

イエス・キリストの兄弟・姉妹・母

神のみこころを行う人はだれでも、
わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。
       マルコの福音書3章35節

イエスのお母さんと兄弟たちが、イエスを呼びに来ました。
イエスを囲んですわっていた人たちは
「ご覧なさい。あなたのおかあさんと兄弟たちが、外であなたをたずねています。」
と言うと、イエスは彼らに
「わたしの母とはだれのことですか。また、兄弟たちとはだれのことですか。」
と答え、自分の回りにすわっている人たちを見回して
「ご覧なさい。わたしの母、わたしの兄弟たちです。
神のみこころを行なう人はだれでも、わたしの兄弟、姉妹、また母なのです。」
と言われたのです。

イエスを愛して、
イエスに従い、御心を行う者たちは、
イエス・キリストの兄弟・姉妹・母なのです。

あなたもイエス・キリストの兄弟・姉妹・母ですか。
posted by 主のしもべたち at 19:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

身を低くして、へりくだって聞く

聞く耳のある者は聞きなさい。
マルコの福音書4章9節・23節


イエスはなんども言われました。
「聞く耳のあるものは聞きなさい。」と。

イエス・キリストが語られている時、多くの人たちが聞いていました。

いろんな人たちがいました。
大人も子どもも、
男も女も、
金持ちも貧しい人たちも、
律法学者やパリサイ人のような宗教指導者も、
サドカイ人祭司たちのような社会的な権力者も、

でもイエスの言われることを
本当に身を低くしてヘリくだって
耳を傾けていた人は少なかったようです。

「聞く耳のある人は聞きなさい。」

今もイエス・キリストは、そう私たちに向かって言われます。

身を低くして、へりくだって、主イエスの言葉に耳を傾け聞きましょう。
posted by 主のしもべたち at 19:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

主の言葉必ず成就です。

1210日月曜日

「さあ、向こう岸へ渡ろう。」

                  マルコの福音書435



ある日の夕方、弟子たちは「さあ、向こう岸へ渡ろう。」と
イエスに言われ、イエスさまを一緒に舟に乗せて、向う岸に向かいました。

すると、激しい突風が起こってきました。
イエス様に言われたから舟出したのに、
しかもイエスさまが一緒にいるのに、
舟は波をかぶって水でいっぱいになり、溺れて死にそうになったのです。

弟子たちは怖くて仕方ありません。
ところがイエスさまは、とものほうで、枕をして眠っておられるのです。

弟子たちは、イエスを起こして言いました。
「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」
するとイエスは起き上がり、風をしかりつけて湖に言われました。
「黙れ、静まれ。」と。
するとその瞬間、風はやみ、大なぎになりました。

イエスの言葉で始まった舟出、
どんなに嵐が来ようと
イエスが語られた言葉は必ずそうなるのです。

イエスは弟子たちに言われます。
「どうしてそんなにこわがるのです。信仰がないのは、どうしたことです。」

このことを通して、
弟子たちは嵐よりももっと大きな恐怖に包まれて、互いに
「風や湖までが言うことをきくとは、いったいこの方はどういう方なのだろう。」と
主イエスをあがめたのです。


あなたも主の言葉で始まったことは、
途中で、どんなに困難や問題が来ても、
共にいてくださる主が必ず成就してくださるのです。

2018年12月9日日曜日

身を低くして、へりくだって聞く


聞く耳のある者は聞きなさい。

マルコの福音書49節・23



イエスはなんども言われました。
「聞く耳のあるものは聞きなさい。」と。

イエス・キリストが語られている時、
多くの人たちが聞いていました。

posted by 主のしもべたち at 19:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする