2018年04月07日

友からの手紙

3/27に西坂であった大学時代の友から手紙と、その時撮った写真が送られてきました。

大学聖研の後輩です。
奥様と子どもとともに、信仰を今も持ち続けながら
随分と長い間、戦いを続けてきたようです。

愛するということは、一時的な感情ではありません、
最もきつい時や投げ出したくなるときに、
それでもしっかりと受け止めて、一緒に戦うことだと思います。
それは、こうして書いたり言ったりするのは簡単だけど、
実際に一緒に生き続けることは、そんなに楽なことではありません。

彼は、それをしてきたのです。
しかも教会の中で、癒されず誤解を受け、
信仰が足りないと言われながら・・・

彼が今もキリストを信じて愛していることが・・・
私には驚きであり、感動です。

彼は学生の頃から、いつも笑顔でした。
今も彼は笑顔です。

彼も私も太りました。
顔もアゴも太りました。
笑顔も柔らかい分厚い笑顔になりました。

彼と久しぶりに出会えたことは、
神様から私へのとても深い慰め、励ましでした。

isaiah
posted by 主のしもべたち at 17:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月04日

大村に来られた年配の婦人たち

今日、大村に行きました。
JK牧師宅で持たれた集会には、
いつも来てくださるご年配のKさんと
そのお友達で私の母と同学年のMさんも
初めて来てくださいました。

平均年齢が少し高い集まりでしたが、
とても祝福され、
JKさんのお話がとても良かったと
Mさんが聞き入っておられました。

私も母のことからはじめ、
天国のこと、
そして十字架のことを語りました。

次回も期待ということで
来月の集会の日程が決まりました。

5月8日火曜日の夕方になりました。
大村にお知り合いがいれば、ぜひお誘いください。

isaiah
posted by 主のしもべたち at 05:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

みことばを宣べ伝える伝道者への招き Re: 1日の日記

みことばを宣べ伝えなさい。
時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。
   新約聖書 第二 テモテ 4章2節

あなたはどのような場合にも慎み、困難に耐え、
伝道者として働き、
自分の務めを十分に果たしなさい。
  新約聖書 第二テモテ 4章5節

毎日、十字架を語り福音を宣べ伝えようと思ったら、
今日、4/1のディボーションが、上に書いたみことばだった。
こんなに明確に語られたのは、久しぶりだ。
嬉しかったというより、驚いた。

やはり、みことばを語る宣べ伝えることが自分の使命であり、
伝道することが、どうしてもしなければならないことなのだと思う。

具体的にどうすればいいのだろう。

と思っていたら、
夜、アンテオケの礼拝を長崎教会で観ていたら、
マーリンさんを偲ぶ会で、マーリンさんが言っていた。
「100万人をイエス様のもとに連れてくることは、どうしたらいいのか。
イエス様に願い、求める、祈ること、私たちのうちにいるイエス様、聖霊様には不可能はないのだから。」

とにかく真剣に祈り始めよう。
必ず神様が語り導いてくださり、
十字架を語り、福音を宣べ伝える道を示して
大いなる救いを与えてくださる。

私は信じている。
posted by 主のしもべたち at 12:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月31日

新たな出発ー十字架の愛を語り書き続ける。

久しぶりに更新します。

今日は、息子がコンサートを企画して
友達が20人近く来ました。
高校の友達も中学時代の仲間も、後輩も、男の子も女の子も、来てくれました。

そこで十字架の話をするように依頼を受けました。
15分でするように頼まれたのですが、
30分近く、25分ぐらい話してしまいました。
いつもは短いのに・・・

でも、最後まで真剣に聞いてくれた子たちが何人かいました。

途中でキツそうな子もいましたが・・・

やはり、毎日十字架を語り、書いていないといけないなーと
深く反省し、悔い改めて、
これから十字架を書き始めたいと思います。

若い方にも、年配の方にも、
どんな立場の人にも、
十字架の福音、救いが届くように伝えたいと思います。

isaiah
posted by 主のしもべたち at 18:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月27日

不妊の胎よ、多くの子が産まれる!!!

「喜べ、子を産まない不妊の女よ!
声をあげて呼ばわれ!
産みの苦しみを知らない女よ!
夫に捨てられた女の産む子どもは、
夫のある女の産む子どもより多い。」

新約聖書 ガラテヤ4章27節
posted by 主のしもべたち at 10:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月29日

死の後に、火の池に投げ込まれてしまう!!!

ヨハネの黙示録20章の最後に、
「このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。」
と書いてあります。
このいのちの書に名がしるされていない者というのは、イエス・キリストを信じていない者のことです。
つまり、イエス・キリストを信じていなければ、死の後に火の池に投げ込まれてしまうのです。もう死んでいるから熱くないと思わないでください。この地上の身体は焼かれても霊は残り存在しています。

イエス・キリストを信じているものは、新しい朽ちない強い完全ないからだを頂いて復活するのです。

イエス・キリストの十字架には私たち人間の罪を贖い赦す力があります。ですから、このイエス・キリストの十字架を悔い改めて信じれば、この復活の命、復活のからだに預かれるのです。それ以外には助かる道はありません。
信じていなければ火の池に例外なく投げ込まれてしまうのです。

Isaiah M K
posted by 主のしもべたち at 19:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月27日

花嫁は、妻はその用意ができたのだから!

聖書の最後にあるヨハネの黙示録、
その19章8節に
「花嫁は、その用意が出来たのだから。」
という言葉があります。
花嫁というのは、直訳すると「妻」です。

花嫁とは教会のことです。
つまり、キリストの花嫁である教会は
キリストが来られて迎え入れられる用意ができたというのです。

妻である教会、これは建物ではなく、
イエス・キリストを信じている私たち一人一人です。
私たち一人一人を神さまは、
キリストの花嫁として整えて下さるのです。

今の自分を見ていると、こんな私、
どうしようもない自分に落胆したり、
絶望したりすることがあるかもしれません。
しかし、愛なる方である主イエスは、
私たちを見捨てることなく、
あきらめることなく、忍耐強く、愛を持って憐れみの心で育み建てあげて下さるのです。
この方、主イエス・キリストに期待しましよう。
この方主イエス・キリストを信じましょう。
彼は必ずあなたを、そして私を花嫁として用意できたものにして下さるのです。

Isaiah M K
posted by 主のしもべたち at 23:08| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする