2019年01月21日

四十  浦上四番崩れ4−一村総流罪

「旅」
 信者たちは、この流罪を「旅」と言いました。一村総流罪というこの旅は、近代日本の歴史に特筆されるべき残酷物語ではありました。しかし、旅に出る人々の心は明るかったのです。信仰を守り神さまへの忠実を貫いて、殉教への旅に出ることは、彼らに残されたただひとつの道だったからです。
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2019年01月08日

キリストとともに自由の中を歩む


真理はあなた方を自由にします。

     ヨハネの福音書831


聖書は、神のことばです。
そして御言葉は真理です。
この真理である聖書の御言葉にふれ続ける時、
人は本当の意味で自由になります。

多くの人は、人の言葉や目の前の状況に
心を動揺させたり、振り回されてしまいます。

しかし、真理である神の言葉は、あなたを自由にしてくれます。

またイエス・キリストは言われました。
「わたしは道であり真理である」と。

イエス・キリストを信じ、
この方と共に歩み始めると、
私たちは自由にされていきます。

2019年、
イエス・キリスト共に、自由の中を歩みましょう。
聖書の御言葉にふれ続け、
何ものにもとらわれることなく、自由の中を歩みましょう。

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主は選び、呼んでくださる。「主がお入用なのです」と。


「主がお入用なのです。」

   マルコの福音書113


イエス・キリストが
エルサレムに、王の王として入城された時、
人々は「ホザナ、ホザナ」と
大歓声を上げて歓迎しました。
その時、乗って来られたのが
「ロバの子」でした。

まだ誰も乗せたことの無いロバの子を、
わざわざ2人の弟子を使いに出して、
連れて来させたのです。

ロバの持ち主に
「主がお入用なのです。」
そう言って、
主イエスは、
このロバの子を、呼び出され選ばれました。

イエス・キリストは、あなたにも語られます。
「主がお入用なのです」と。

どんなに不十分で、
経験不足で
何もできないと思っていても、
主が呼ばれたら、その招きに答えましょう。

あなたを主が必要とされ、呼んでくださったのです。

主がお入用なのですから。
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愛する一人息子を遣わしてくださった父なる神


それは愛する息子であった。

彼は、

『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、

最後にその息子を遣わした。

                                 マルコの福音書126


イエスは、ある時たとえを話されました。
「ある人がぶどう園を造って、農夫たちに貸して、旅に出かけました。
季節になったので、ぶどう園の収穫の分けまえを受け取りに、
しもべを農夫たちのところへ遣わしますが、
彼らは、そのしもべをつかまえて袋だたきにし、
何も持たせないで送り帰します。
その後にも、多くのしもべを遣わしますが、
彼らは袋だたきにしたり、殺したりしたのです。

その人は、
『私の息子なら、敬ってくれるだろう。』と言って、
最後にその息子を遣わします。
すると、その農夫たちは
『あれはあと取りだ。
   さあ、あれを殺そうではないか。
  そうすれば、財産はこちらのものだ。』
そう言って、彼をつかまえて殺してしまい、
ぶどう園の外に投げ捨てるのです。

これはイエス・キリストご自身のことを言われたのでした。
父なる神様は、預言者を遣わしてもユダヤ人が悔い改めないので、
最後に愛する一人息子であるイエス・キリストを遣わしたのに、
ユダヤ人は、そして人類は彼を拒み、十字架で殺してしまうのです。

しかし、その十字架が私たち一人一人の救いとなりました。
まさに神の愛の大きさと偉大さです。

今、あなたも私も
父なる神様の一人息子のイエス・キリストを信じて
心に迎えることができます。

その時、永遠の命が与えられ、新しい人生が始まります。

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イエス・キリストが礎の石


『家を建てる者たちの見捨てた石、

 それが礎の石となった。

 これは主のなさったことだ。

 私たちの目には、不思議なことである。』

          マルコの福音書1210-11


中東の地域で家を建てる時は、石で家を建てます。
日本では木ですね。
礎の石というのは、その土台となる石、礎石となる石のことです。
家を建てる人が、
これは役に立たない、いらない、と言って捨てた石が、
なくてはならない礎の石になったという意味です。


この礎の石は、イエス・キリストのことを指しています。

人々がイエス・キリストなんかいらないと言って
十字架にかけて殺しましたが、
そのイエス・キリストが、
その十字架が、人々にとって、なくてはならない救いとなったのです。
posted by 主のしもべたち at 08:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月05日

あなたも主の宮、神殿です。


『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる。』

マルコの福音書1117


イエスは言われました。
「わたしの家」と、これは当時の宮、今で言えば教会でしようか。
そこで鳩が売り買いされ、両替人かおり、商売がされていました。

イエス・キリストは、
そのことを強盗の巣にしたと言われ、
人々を追い出し、腰掛を倒されました。

こんなイエスの姿は、見たことがありません。
主の宮が汚され毒されていることに、我慢ならなかったのでしょう。

あなたは知っていますか。
イエス・キリストを信じた時、
あなたの内に、
復活されたに主イエスが住んでくださり、
聖霊が宿られます。

あなたは主の宮、主の神殿となったのです。

あなたの心を聖なるもの、
みことばと賛美で満たしましょう。

イエスは喜んで、あなたを聖霊で満たし、
不思議としるしを現し、
アガペーの神の愛で満たしてくださいます。

posted by 主のしもべたち at 16:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愛の神である主イエスを信じる。


「神を信じなさい。」

  マルコの福音書1122


主イエスは、言われました。
「神を信じなさい。」と。


あなたは何を信じていますか。
自分ですか。
努力ですか。
お金ですが。
あなたを心配してくださる
信頼できるあの人ですか。

確かに、努力することは
多くのことを乗り越えさせます。
お金があれば助かることが
たくさんあります。
信頼できる人がいると心も安らぎ、
実際、助けられることもあるでしょう。

でも、人には限界があり、
どんなに努力しても
どうにもならないことがあります。
それは仕方がないとあきらめますか。

お金では解決できないことがあります。

どんなに信頼できる人にも限界があります。
悲しいけれど、
裏切られることも起こりうるのです。
そうでなくても、
どうしてあげることもできないことは、
いくらでもあります。

あなたはその時、どうしますか。

不可能のないお方を知っていますか。
あなたを命をかけて愛し、
そのままで愛し、
そのあなたを引き上げたてあげ、
成長させてくださる方を知っていますか。

イエス・キリストは、そういうお方です。
主イエスは、あなたを愛しています。
主イエスは、あなたを愛しておられる神だからです。
この方を信じる時、
あなたに平安と希望、
そして生きる力が与えられます。

主イエスが言われたように、
「神を信じなさい。」

全世界、全宇宙を創造し、
不可能のない方、
愛の方である、
この聖書の神、この方を信じましよう。

posted by 主のしもべたち at 16:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする