2020年01月12日

ただ一つの救いの道



2020年1月12日日曜日


ただ一つの救いの道




神は唯一です。

また、神と人との間の仲介者も唯一であって、

それは人としてのキリスト・イエスです。


      テモテへの手紙 第一25



私たちの信じている聖書の神は、愛の神です。
ですから、神は、すべての人が救われて、
真理を知り、真理であるイエス・キリストに出会い、
キリストを信じて救われることを望んでおられます。
この方以外に救いはないからです。

神は唯一であり、
また、神と人との間の仲介者も唯一であって、
それは人としてのキリスト・イエスなのです。

神であられるのに人となってくださったお方、
このイエス・キリスト以外に救いはありません。
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十字架に出会うとき知る罪


十字架に出会うとき知る罪





私はその罪人のかしらです。


  テモテへの手紙 第一 115



イエス・キリストは、私たち罪人を救うために、
神であることを捨て、人となってくださり、この地上に来てくださいました。

パウロはこのことを、
「まことであり、そのまま受け入れるに値するものです」
と言っています。

パウロは

「自分はその罪人のかしらです。」

と告白したのです。

でも、パウロは律法についてはパリサイ人、責められるところはないと言った人です。

そんなに厳格に生きてきたパウロですが、イエス・キリストに出会った時、
自分がどんなに罪深く、どうしようもない罪人であるということに気づいたのです。

人はキリストに出会い、イエス・キリストの十字架の愛に触れられる時、
初めて自分の罪に気づき、
その愛を知れば知るほど、自分の罪深さがわかるようになるのです。

私もあなたも、パウロと同じように、その罪人のかしらです。
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2020年01月11日

恵みとまことに満ちているお方

2020年1月10日金曜日
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恵みとまことに満ちているお方


ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。
私たちはこの方の栄光を見た。
父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。
この方は恵みとまことに満ちておられた。

          ヨハネの福音書1章14節


イエス・キリストは、神であり、神のひとり子です。

しかし私たち人間を本当に愛しておられたので、
人となってくださり、全く私たちと同じように肉を持って生まれ、
私たちの間に、つまりこの地球の上で、人間の社会の中に住まわれ生活されたのです。

そして、痛み傷つき、病気に苦しんでいる人々を、いやし、慰め、励まし、力づけ、
生きる力と希望を与えてくださったのです。

そして私たちを愛されたイエス・キリストは最後に、十字架にかかり
私たち一人一人の罪の身代わりとなって、その全ての裁きと呪いと責めを引き受けて、
私たちの代わりに神に捨てられ、死んでよみである地獄に行ってくださいました。

しかし、キリストは3日後に復活されました。
本来の栄光の姿になられたのです。

この方、イエス・キリストにこそ、恵みとまことが満ちています。

イエス・キリストは恵みに満ち、どこまでも真実な方、そして真理そのものだからです。

この方、イエス・キリストの元に来て、あなたも愛をあふれるほどに受け、
癒され解放されて、新しい人生、命と喜びに満ちた人生を歩んでください。
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2020年01月09日

いと高き所から力を着せられる時

2020年1月9日木曜日

いと高き所から力を着せられる時



いつも宮にいて神をほめたたえていた。


           ルカの福音書2453




復活されたイエス・キリストから、あなた方は証人であると言われた弟子たちは、
その証人の力を受けるために、都にとどまっていました。

それはイエスが

「さあ、わたしは、わたしの父の約束してくださったものをあなたがたに送ります。
 あなたがたは、いと高き所から力を着せられるまでは、都にとどまっていなさい。」

と語られ約束されたからです。

イエスは、彼らをベタニヤまで連れて行き、
手を上げて祝福され、弟子たちを祝福しながら、彼らから離れて行かれました。

弟子たちは、非常な喜びを抱いてエルサレムに帰り、
いつも宮にいて神をほめたたえていたのです。
そこに聖霊が激しく豊かに臨み、弟子たちは聖霊のバプテスマを受けて、
新しく創り変えられ力強く
イエス・キリストの十字架と復活を宣べ伝える証人として生きるのです。

私たちも、弱さを覚えるとき、宮である教会に集まり、神をほめたたえましょう。

必ず、聖霊を注ぎ、聖霊で満たして、
力強い証人として、再び私たちを、
主イエスは遣わしてくださいます。
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求めれば、誰でも必ず答えて与えられる!

2020年1月8日水曜日

求めれば、誰でも必ず答えて与えられる!




だれであっても、求める者は受け、

捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。


                                ルカの福音書1110



イエス・キリストは言われました。

「わたしは、あなたがたに言います。
 求めなさい。そうすれば与えられます。
 捜しなさい。そうすれば見つかります。
 たたきなさい。そうすれば開かれます。」と。

そしてさらに続けてこう言われたのです。

「だれであっても、求める者は受け、捜す者は見つけ出し、たたく者には開かれます。」

この「求めなさい」という言葉は
「求め続けなさい」と訳せる言葉で継続した行動を指しています。
つまり求め続けるなら、必ず与えられるということです。

もう少し言い換えれば、誰であっても求めるなら、必ず与えられるから、
答えが与えられるまで、求めたものが与えられるまで、求め続けなさい、ということです。

誰であってもと、主イエスは言われました。
自分なんかが求めてもダメだ、などとは思ってはいけません。
それは100%惑わしです。

あなたが誰であろうと、求めるなら、求め続けるなら与えられるのです。
必ず与えられます。

だから、さぁ大胆に、厚かましいぐらい大胆に、神さまに求め続けましょう。
答えられるまで。
与えられるまで。
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厚かましいほどに求める

2020年1月7日火曜日


厚かましいほどに求める




あくまで頼み続けるなら、

そのためには起き上がって、

必要な物を与えるでしょう。


     ルカの福音書 11章8節



ある時、イエスはこんな話をされました。
戸締りを終えて、子どもたちも寝て自分もやっと眠りについたところへ、
友だちがやって来て
「君。パンを三つ貸してくれ。
 友人が旅の途中、私のうちに来たのだが、出してやるものがないのだ」
と言いました。
当然、この人は腹を立てながら
「面倒をかけないでくれ、起きて、何かをやることはできない」
と答えました。

けれどもこの友だちの人は諦めることなく、あくまで頼み続けたのです。

するとこの人は真夜中であるにも関わらず、
起き上がって、必要な物を友人に与えたのです。

私たちも神さまに対して、厚かましいぐらい大胆に、
大切な人のために、自分のために、求めましょう。

神さまは、真夜中でも起き上がって、
あなたに必要なものを与え、必ず答えてくださいます。
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2020年01月06日

神の愛、アガペーの愛

2020年1月6日月曜日


神の愛、アガペーの愛




そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。


      コロサイ人への手紙314




私たちは、神に選ばれた者であり、キリストを信じたとき、聖なる者とされました。

神に愛されている者だからです。

ですから、深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を、
主の恵みの中で、主イエスからいただいて身に着けることができます。

そして、互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、
互いに赦し合うことができるようになります。

主が私たちを赦してくださったように、私たちもそうするのです。

そして、これらすべての上に、愛を着けるのです。
愛は結びの帯として完全なものだからです。

神の愛、アガペーの愛をたくさん主イエスから受けて、
神の恵みの中でその愛を人々に流していくのです。
posted by 主のしもべたち at 12:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする