2020年01月06日

神の愛、アガペーの愛

2020年1月6日月曜日


神の愛、アガペーの愛




そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです。


      コロサイ人への手紙314




私たちは、神に選ばれた者であり、キリストを信じたとき、聖なる者とされました。

神に愛されている者だからです。

ですから、深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を、
主の恵みの中で、主イエスからいただいて身に着けることができます。

そして、互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、
互いに赦し合うことができるようになります。

主が私たちを赦してくださったように、私たちもそうするのです。

そして、これらすべての上に、愛を着けるのです。
愛は結びの帯として完全なものだからです。

神の愛、アガペーの愛をたくさん主イエスから受けて、
神の恵みの中でその愛を人々に流していくのです。
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地上のものを思わず、天にあるものを思う

2020年1月5日日曜日
<>地上のものを思わず、天にあるものを思う

こういうわけで、もしあなたがたが、
キリストとともによみがえらされたのなら、
上にあるものを求めなさい。
そこにはキリストが、
神の右に座を占めておられます。

     コロサイ人への手紙3章1節


私たち人間は、どうしてもこの地上にあるもの、
目に見えるものに目をとめやすいものです。

そして気がつくと目に見える地上のものやことに心を奪われています。

しかしキリストの十字架を信じ、
復活された主イエスを心に迎え入れた私たちは、
主イエスと共によみがえらされ、復活の命、永遠の命を与えられました。

だから永遠である天、上のものを求めなさい、と命じられています。

そこにはキリストがおられ、神の右の座、権威の座についておられるからです。
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2020年01月05日

心の中に光を迎えて

2020年1月4日土曜日


心の中に光を迎えて




光はやみの中に輝いている。

やみはこれに打ち勝たなかった。


       ヨハネの福音書15



光であられるキリストはやみの中に輝いています。
そして、やみは光に打ち勝つことができません。

光がある時、やみは存在できないのです。
光であるキリストをあなたが心に迎え入れる時、あなたの心に光が差し込み、
光が、いつもあなたの心の中にあるようになります。
すると、心の中にあるやみは、そこに存在できなくなり、消えていくのです。

あなたが自分の罪を悔い改めて、イエス・キリストを信じるとき、
この光があなたの心の中に来てくださるのです。

光である方、イエス・キリストを信じて心の中にお迎えしましょう。
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2020年01月04日

キリストはいのち、人の光!


2020年1月3日金曜日


キリストはいのち、人の光!




この方にいのちがあった。

このいのちは人の光であった。


    ヨハネの福音書14




この方、つまりイエス・キリストにいのちがありました。
このいのちは人の光でした。

イエス・キリストはあなたにいのちを与えてくれます。
いのちは生きる力、命があると生かされます。
あなたの人生にいのちを与え、輝きを与えてくれるのがイエス・キリストです。

このいのちであるキリストは人の光です。
光があれば闇は消えます。
闇は存在できません。
イエス・キリストはあなたにいのちを与え、光の中を歩ませてくれるのです。

このキリストを信じ、キリスト共にこの年も歩みましょう。

光の中をいのち輝かせて !!!
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すべての初めは神からはじまる

2020年1月2日木曜日


すべての初めは神からはじまる




初めに、ことばがあった。

ことばは神とともにあった。

ことばは神であった。


    ヨハネの福音書11




初めに、というのは一番最初、全く初めの初め、ということです。
始めに、というのは一度終わって再び始まることですが、
この初めにというのは、本当に何もないところに全く新しく始まるということです。

ことばというのはギリシャ語でロゴスと言います。
ここでは「イエス・キリスト」のことを指しています。

ですから、全ての一番最初に「イエス・キリスト」がおられた、ということです。

そして「イエス・キリスト」は父なる神と共におられ
「イエス・キリスト」ご自身も神であったということです。

父なる神は神であられ、イエス・キリストは神のひとり子なので神です。
神が二人いるのではなく聖霊さまとともに三位一体の唯一の神であられます。
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四十二  浦上四番崩れ6−信仰の自由

信仰の自由
各地に流された浦上のキリシタンたちは、津和野と同じように激しい迫害の中で、主にすがり、聖霊さまの助けを受けながら耐え忍んでいました。彼らの頭には、キリストを信じる信仰を、命をかけて守ろうという思いしかなかったことでしょう。しかし、そのことは彼らの知らないところで「信仰の自由」という世界的な問題となっていたのです。
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2020年01月02日

2020年1月1日水曜日 創造主であるまことの神

2020年1月1日水曜日

創造主であるまことの神



初めに、神が天と地を創造した。


       創世記11




聖書のまことの神さまは、まず初めに、天と地を創造されました。

その時「光よ。あれ。」と仰せられて、
神のことばを持って創造され、続けて6日間かけて創造されました。

私たちの信じている神は、木や石で作られた神ではなく、木や石はもちろん、
地球を創造し、宇宙を創造された創造主であられます。

神さまがお造りになった天と地はすべて非常によかったのです。

しかし人間が神に逆らって罪を犯した結果、
多くの問題や混乱が地上では起こるようになります。

それゆえ神さまはイエス・キリストを遣わして十字架において勝利し解決されたのです。

ですから、私たちがこのイエス・キリストの十字架の恵みによって、
この天地を創造されたまことの神に祈り求める時、
主は十字架の恵みのゆえに、
この地上における事柄には何でもお答えになることができるのです。
posted by 主のしもべたち at 12:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする